最期のお別れ
きゃさりんです。
昨日の事、
朝、会社のメールを確認したら、お世話になっていた英会話の先生の訃報が届いておりました。
私は日中は人事のお仕事をしておりますので、外部の研修機関とのやり取りがあります。
自分は直接英語を教えてもらう事はありませんが、それでもダリル先生には英語研修でもう10年近くお世話になっておりました。
昨年の12月にメールの返信が遅いなと気付き、
声も聞きたかったので電話をしてみました。
その時に担当者から肺癌にて入院されている事を伝えられその日のうちにお見舞いに伺いました。
枕元にはクリスマスのスノードームが置いてありました。
ダリル先生は背が高くて男前なオーストラリア人、
日本語も達者でとっても真面目で、
ジョークもできて、優しくてジェントルマンでした。
独身だったけど、
祖国に施設に入っていらっしゃるお母様がいらして年に1回は帰ってたかな?
いくら安心な日本とは言え異国の地で、最期を迎えられるのは、どんなに心細かったか。
癌告知を受けて、入院されてからは殆ど食べる気力もなくずっと眠っていました。
お見舞いに伺った時も、ひと時眼を合わせても直ぐ眠ってしまいました。
入院するにあたり
ご家族は1人オーストラリアだし、
日本で恋人がいたかも分からず、
治療をどうするのか?
お家はどうしたのか?
会社の担当の方も、本人にも聞けず、
どうしたものかと考えていらっしゃいました。
最期はお友達が看取って下さった様ですが、
お葬式も希望していなかったので、
近くの葬儀屋さんに亡骸だけ安置されました。
昨日最期のご挨拶に伺いました。
亡くなった事も悲しかったけど、
ビルの一階の搬入口のような12畳程の部屋で、カーテンの仕切りがあって、
ドライアイスの入った業務用冷蔵庫が置いてあり、何とも殺風景な寂しい場所に棺が置かれ、
百合の花一本が胸に置かれ・・,
今まで最期のお別れを告げる事も沢山あったけど、
お葬式をしないにしても、こんなお別れの仕方って・・。
何とも複雑で寂しくて、表現の仕方が分からない時を過ごしました。
最期の迎え方も、お葬式をどうするのかも、
本人の意向で良いのだろう。
それと同時に残された人達の為もあるのだろう。な、と少し思った。
「ダリル、ありがとう、またね。」